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著者の言葉

『竹内好評論集』著者の言葉


 

『竹内好評論集』著者の言葉

竹内 好

 男が璞(はく)を王に献じた。璞とは、磨けば玉(ぎょく)になる原石である。「玉ではありません。ただの石です」と役人が言ったので、王は男を足斬りの刑に処した。二代目の王もまた同じであった。

 両足を斬られた男は、三代目の王のときは献上をあきらめた。璞を抱いて泣くこと三日三夜、ついに眼から血が流れた。王は玉人に命じて、試みに璞を磨かせてみた。稀代の重宝があらわれた。

いわゆる和(か)氏(し)の璧(へき)である。

 和氏でない私は、二十年かかって掘り起こしたものが、玉の原石であるか、それともただのガラクタ石であるか、自分では判定がつかない。王に献じなかったおかげで足は斬られずにすんだが、その代わり、玉人に相(そう)させることも怠った。ひたすら発掘だけに熱中した。

 さて、気がついてみると、日はとうに西に傾いている。これから家に持ち帰って、自分で磨くだけの気力が残っているかどうかもあやしい。いっそ大道に立って、通行人によびかけるのが得策かもしれない。「玉か石か保証はしないが、ひとつ試してみませんか。」

(『竹内好全集』第13巻367ページより)

玉か石か

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