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父の思い出

どうやって ―火と道の記憶 その3―


 

どうやって ―火と道の記憶 その3―

二度目の火事はわたしの中学生のころのことです。テレビや電話が家庭に入り、生活はガスと電気に変わっていました。

前田さんのおうちも、お台所から煙がのぼることはなくなりました。そしてまもなく、お引っ越しをされたのです。突然のことで、我が家はみんな悲しみました。

東側の低い竹の垣根はブロック塀に変わり、木戸もなくなりました。東隣の道に出るには、我が家の西向きの玄関からぐるりと回らなければならなくなりました。
自宅前の路地
自宅前の路地

この火事に気づいたのは、昼過ぎのことです。父も母も居間にいました。あたたかい時分で、居間のガラス戸は開いていたのかも知れません。庭に顔を出すと、東の空に黒煙が湧きあがっていました。次から次へとひだをなして、黒いかたまりが盛り上がり、こちらに向かってきます。炎は見えませんが、あきらかに我が家は風下にありました。わたしは体が固まってしまいました。

気がつくと、父の姿がみえません。探すより早く、母の声がかぶさりました。「とっくに火事場にいったわよ!」「とにかく、パパをみてきてちょうだい」西の勝手口の木戸から、すぐ北側にある横道をぬけ、東隣の筋を北に、丸山さんのおうちへ向かう道をたどりました。

黒煙はぬめりを加えて空高くのぼり、西へ流れています。その黒い柱を見つめながら進むと、丸山さんのおうちの一つか二つ手前の筋が火元でした。

すでに大勢の人が集まっていました。狭い道に何台も消防車が止まり、あちこちからどなり声が聞こえ、あたり一面水びたしになっています。ここまで来ると、炎がみえました。

バチバチッと、音も聞こえてきます。火の勢いは衰えていませんでした。生活のあらゆるものが燃えるにおいがしました。わたしは父をさがしました。重なる人の中を歩きましたが、見つけることができません。にわかに不安になりました。空ばかり見あげて歩いてきたから、知らずのうちにすれちがってしまったのだろうか、、、

あわててもと来た道を途中まで戻ってみましたが、人の姿はみえません。どうしよう、、、、、

もういちど戻って、さがしてみよう。人垣にもぐりこみ、父の顔をさがしました。いません。ぼんやりとなって、消火活動をみつめていると、あっ! 父がいたっ! ゲタばきにずぼんの裾をたくしあげて、消防服の人の中に、父がいるっ! 指さして、なにか大きな声でいっている!

火の勢いも、消火の具合もわからなくなって、わたしは父ばかり見つめました。必死に火を消している人たちの中で、父は燃える家のすぐそばまで近づいたり、ホースの元に戻ってきたり、そばの人に声をかけて、せわしなく動きまわっています。じっと水の先を見あげてもいました。

そうやって、父を見つめ続けてきたはずなのに、火勢が弱まると、父の姿はもうその中にありませんでした。どこ? 消火作業の人たちを目で追っても、人垣をぬってみても、どこにも父は見つけられません。北の道路に戻ってみても、人影がありません。道の南の方へ目を凝らしてみました。父らしい姿はありません。

南にまわるのは、おおまわりです。北に戻るのにきまっているのに。どこをどうやってもさがせなくて、あてもなくなり、わたしはもと来た道を走って帰りました。いいわけが見つからないまま、勝手口をそっとあがると、母の声がとんできました。「なにやってんのよ!」「パパ とっくに帰ってるわよ!」

父は食卓に座っていました。すでにひと風呂あびたようすです。頭の汗をタオルでふいて、ごくごくビールを飲んでいました。わたしは声がでませんでした。訊きたいことはいっぱいあるのに。声がでませんでした。父も知らん顔して、ビールを飲みつづけました。

どうやって? あの中に? どうやって? もどったの? 

どうやって?

なぞは解けないままになりました。


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